2010年1月21日

ナラ・レオン 美しきボサノヴァのミューズの真実

セルジオ・カブラル著
堀内隆志監修 荒井めぐみ訳

知性的な美しさが溢れ出る1人の女性の写真と極めてシンプルな題字、なんと潔よく魅力的な装丁なのだろうか。本書はもちろんこの写真の被写体である「ボサノヴァのミューズ」、ナラ・レオンの47年の生涯(1942-1989)を綴ったバイオグラフィーである。実際にナラの長年に渡る友人でもあったジャーナリスト/音楽評論家/作家のセルジオ・カブラルによって記されたもので、ブラジル本国では2001年に出版された。そして今回ナラ・レオンの没後20周年を記念して、堀内隆志さん監修、荒井めぐみさん訳のもとに、日本語版が出版された。
早熟な少女時代から、リオに生まれつつあった新しい音楽(ボサノヴァ)を主導して行く様子、ボサノヴァを離れイデオロギーに身を投じた時代、実質的亡命であったパリでの生活、ブラジルへの帰還、そして最晩年の病魔との戦いなど、波乱に富んだナラの生涯が丹念に描かれている。音楽家としての生涯みならず、女性としての私生活、1964年の軍事クーデター後の政治状況などを絡めた、詳細で愛情のこもったバイオグラフィーである。著者セルジオ・カブラルは、自身とナラ・レオンとの直接の交流により得た情報の他に、新聞記事などの膨大な資料や、数多くの関係者へのインタビュー、情報収集等から本書を書き上げたのだ。
日本のブラジル音楽ファンの多くは、「ボサノヴァはナラのアパートで誕生し、彼女こそがボサノヴァのミューズである」という話を、当然の事実と捉えている。それが真実であるか否かは、本書を読破した後の、個々の読者の解釈に委ねるべきであろう。しかし少なくとも才気溢れるナラが、音楽においては常に自分の感性に、行動においては己の理性に対して、頑固なまでに真摯に向き合っていた事は、この著作から明らかである。それは結果として、音楽的方向性の変遷として表現されることにもなり、それ故の紆余曲折や、守旧的な人々との摩擦も無論有ったようだ。しかし改めてブラジル大衆音楽において彼女の果たした役割の大きさを感じずにはいられない。
巻末には丁寧なディスコグラフィーが添えられている。が、さらに本文中にはナラのオリジナルアルバム全てについて、物語の流れの中でその背景を含めた記述が為されている。そのアルバムの生まれた時代的背景や、彼女自身の私的状況、各々の作品あるいは曲の持つ意味合いとを複合的に知る事で、今まで見えなかったものまでが見えて来る。もう一度ナラのすべてのアルバムを聴き直さずにはいられない。(月刊ラティーナ誌、2010年2月号)

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